2013年9月2日月曜日

消費税増税でも経済は成長するのか? 黒田日銀総裁発言の思惑とは | BPnetビズカレッジ | nikkei BPnet 〈日経BPネット〉

消費税増税でも経済は成長するのか? 黒田日銀総裁発言の思惑とは

 来年4月に消費税率を上げるかどうかの議論が続いています。日本経済は徐々に回復してきていることは間違いありませんが、いまのところ力強さはそれほどありません。ここで消費税を3%上げてしまうと景気が腰折れするのではないかという懸念も強まっており、増税を先延ばしするのか、年1%ずつ上げていくのか、などという案が出始めています。私も、消費税増税は柔軟に考えるべきだと思います。
 そうした中、日銀の黒田総裁が「消費税を増税しても、経済は成長する」と発言しました。私は、この発言にはさまざまな思惑があったのでないかと感じます。今回は、消費税増税について思うことを述べていきたいと思います。

黒田総裁の発言には意図を感じる

 8月9日付の日本経済新聞朝刊に、日銀の黒田総裁が「消費税を上げても、景気は伸びる」と発言したという記事が載っていました。

「日銀総裁「消費増税でも成長」 首相、秋に最終判断

 日銀の黒田東彦総裁は8日、金融政策決定会合後の記者会見で、消費税率を来春に引き上げても「成長が続く」と強調した。政府の財政規律が緩めば「金融緩和の効果に悪影響がある」とも指摘。政府内でくすぶる来春の消費税率上げの先延ばし論をけん制した。(2013年8月9日付 日本経済新聞朝刊)

 この発言に関して、私はいくつかの点で意図があると感じました。一つは、消費税増税の先延ばしを主張している人たちに対するけん制です。

 今、「消費税を上げてしまうと、景気が腰折れするのではないか」と懸念している人が多くいます。政府内部でも、せっかく回復してきた景気が減速するのはいかがなものかと、消費税増税に反対している人たちがいるのです。

 ご存じのように、内閣官房参与である浜田宏一氏(エール大学教授)も、消費税増税について「予定通りの消費税増税は、日本の景気に悪影響を与える可能性がある。増税を先送りするのも一つの手だ」と懸念を表明しています。黒田総裁は、それらの発言に対してけん制球を投げたのです。

 なぜ、黒田総裁は多くの反対意見がある中でも消費税を上げたいのでしょうか。そこには、黒田総裁が元財務官僚だったということが背景にあるのではないかと私は考えています。

 では、ここで問題です。黒田総裁の出身母体である財務省にとって、最悪のシナリオとは何でしょうか?

 多くの人は、「日本の財政が破綻すること」と答えるでしょう。もちろん、今の日本は1000兆円を越える財政赤字を持っていますから、財政破綻は多くの人が懸念していますし、すべての立場において最悪のシナリオです。しかし、「財務省だけ」の最悪のシナリオがあるのです。

 それは、財政が縮小されることです。矛盾しているように感じるかもしれませんが、「財政赤字を多く抱えているから、とにかく歳出を絞りましょう」ということになるのが、彼らにとって最悪のシナリオなのです。

 財務省が持つ最大の権限とは各省庁への「予算の配分権」です。それが権力の原泉です。財政が縮小されたら、自分たちの権力が弱まるということにつながります。つまり、彼らは「税収」と「予算」によって権力を維持しているのです。これが縮小されることは絶対に避けたいと考えているのです。

 逆に、財務省にとっての最高のシナリオというのは、税収をたくさん増やして、財政赤字の心配を減らしながら、予算もたくさん組むことです。ですから、彼らは是が非でも税収を上げたいと考えている。彼らにとって、消費税増税の延期や成長戦略第二弾で期待されている法人税減税は、とんでもない話なのです。

 もし黒田総裁が、財務省の思惑を日銀総裁という仮面をかぶって発言しているのだとしたら、これは大きな問題です。日銀は経済運営について独立した立場から発言しないといけません。財務省の代理人のような発言をしてはいけないからです。

 先ほどの黒田総裁の発言について、もう一つ、意図が感じられます。黒田総裁がこの発言をした会見が行われたのは8月8日でした。その4日後に、4~6月期のGDP発表が控えていたのです。

 日銀総裁としてGDPの内容を知っていたかどうかは分かりませんが、結果的に同四半期のGDPは名目で2.6%、実質で2.9%となり、市場予測の3.4%より落ち込んだ結果となりました。悪い数字ではありませんが、微妙な水準だと言えます。

 政府は「消費税増税は4~6月のGDPを一つの判断材料にする」と言っていましたから、いずれにしても黒田総裁は12日のGDP発表をにらんで、消費税増税反対を唱えている人たちにけん制したいという思惑があったことは間違いありません。

 消費税を上げても、景気は本当に腰折れしないのか。それとも、多くの人が懸念しているように、景気が減速してしまうのか。それは、増税してみないと分からないという部分はありますが、現状の経済状況を考えると、高い確率で景気は落ち込む心配があります。

 私たちの給与の増減を示す「現金給与総額」は、長い間減少し続けていましたが、給与の源泉である「名目GDP」は、昨年の10~12月以降、ある程度順調に増加してきて、今年4~6月の成長率は2.9%となっています。景気は徐々に回復してきていることは間違いありません。

 しかし、その回復は今のところは本格的であるとは言えません。前回も分析したように、不安材料が多々ある上、「現金給与総額」も、6月にようやく反転し始めたものの、それほど増えていないからです。今の状況で消費税が3%上がってしまうと、私たちの可処分所得が2%以上減ってしまうわけですから、かなりの確率で景気が失速します。消費者物価がじわじわと上昇しつつあることも無視できません。

 その一方で、一部の論者や欧米の報道では、「日本は消費税を上げないと、日本国国債の格付けが下がる恐れがある」という意見もあります。確かに、その可能性は小さくはありません。消費税増税を行うにしても、やめるにしても、リスクが伴うのです。

 そこで、消費税を1%ずつ5年間かけて上げていくという案や、増税を先送りすべきだという意見が出ています。私は小刻みに上げていく案に賛成です。消費税増税を先送りすることは、先に述べたように、国債の格付け下落、さらには金利上昇などのリスクがあるため、やるべき必要があると考えます。その点においては、公約通り来年4月の実施が望ましいと思います。

 ただ、それは3%である必要はないと考えます。徐々に景気を見極めながらやるべきだと思います。景気を腰折れさせては元も子もありません。現状の景気の状況を考えれば、年に1%ずつ程度から始めるのが良いと考えます。そして、その後は、景気の状況を見ながら、毎年、上げる率を判断していけば良いと思います。

 本格的に日本経済が回復基調に突入したら、消費税を2%くらい上げても問題ないと思いますが、今の状況では、1%程度が妥当なのではないでしょうか。

 消費税の増税は、民主党政権時代に法律で決められてしまいましたから、このままですと来年4月に3%上げることになってしまいます。ただ、今は幸いなことに衆参のねじれが解消しましたから、自民党が妥当な路線を決めて法律を変えればいいだけの話です。つまり、増税のやり方を柔軟に変えることは可能だということです。

 甘利明経済財政担当相は、消費税増税の判断について「10月1日に発表される9月の日銀短観を最終判断の材料にする」と発言しました。10月上旬に、消費税増税の具体的な方向性が示されると思われます。9月の日銀短観だけでなく、それまでの主要な指標の動きにも注意することが肝要です。

 消費税増税に関しては、以下のことも考えなければなりません。現状の高齢化の進行や財政赤字の状況を考えれば、消費税率がたとえ10%まで上がったとしても、それではまったく不十分です。このままでは、さらに税率を上げていく必要があります。

 その際に、ムダな支出の見直しを徹底的に行い、ムダを省きながら、必要なものに重点的に歳出を行うということも大切です。

 さらには、後でも述べますが、法人税等も含めたもっと大きな視点での税制のあり方も見直さなければなりません。増税ばかりでは国民生活も企業活動も成り立たなくなってしまいます。

 消費税をどのようにしていくか議論することも大切ですが、いずれにしても、日本の国力を強くするような成長戦略を打ち出さない限り、根本的な解決にはなりません。逆に言いますと、成長戦略によって経済が成長し始めたら、消費税を下げても税収を確保することができるのです。

 先日、ある報道番組で、日本の富裕層が海外に逃避し始めているという話を特集していました。向かう先はシンガポール。なぜシンガポールかといいますと、同国の税負担は日本に比べて格段に低いからです。富裕層は、負担の大きい日本の税制を嫌っているのです。

 日本の税制は利益を出す企業、稼ぐ人ほど税金の負担が大きいのです。ですから、稼ぐ人ほど、どんどん海外に逃避してしまいます。今は経済がグローバル化していて、人やお金の移動が自由になってきています。それは個人だけでなく、企業も同じです。企業の場合は、日本が停滞すれば、ビジネスチャンスを求めて海外に出ていきます。

 先ほどの報道番組によりますと、シンガポールに逃避している富裕層の数はまだ年間1000人程度ということですが、企業はもっと早い時期から海外に進出しています。海外で儲けて、海外で税金を払って、海外で富を蓄積しようという動きは、すでに始まっているのです。

 このような国内から海外へ資本が流出する「キャピタルフライト」に対し、国税当局も日本国も危機感を持っています。来年の確定申告から、海外に5000万円以上の資産を持つ人は、税務署に届け出なければいけないという規定が設けられました。違反者には罰則もあります。しかし、これでキャピタルフライトを防げるかと言えば、本質的な解決策にはならないのです。

 結局は、企業にとっても、個人とっても「日本に留まりたい。日本でビジネスをしたい」と思えるような政策をとらない限り、どんどん海外に出て行ってしまいます。やはり鍵は成長戦略なのです。

 私は、がんばって利益を出している人や企業にどんどん負担を強いるような税制は、国内の経済を衰退させると考えています。がんばればがんばるほど頭が押さえられるような税制や政策は避けなければなりません。そして、やむを得ない事情があって仕事ができない人を支えることは必要でしょうが、制度に依存している人や、制度を悪用する人には厳しい対処をすべきなのではないでしょうか。

 例えば生活保護費の不正受給の問題や、中小企業の7割が法人税を払っていない問題などは、絶対に解決してほしい問題です。後者については、もちろん中には本当に儲かっていない会社もあるでしょうが、法人税の納税を免れるために、税制上、赤字にしているところも少なくないのです。

 制度をもう一度見直し、真面目に利益を出している人の負担を減らしてあげるような形にしなければ、本当に稼ぐ人や、利益を上げている企業はどんどん海外に出て行ってしまいます。そういう意味でも、課税ベースを広げた上での法人税減税などを行うべきだと思います。

 改革すべきは税制だけではありません。

 規制によって既得権益を得ている人たちがいます。彼らが過剰に得ている利益を再配分することも大切です。例えば、電力料金がどんどん値上げされている問題があります。確かに、円安によって液化天然ガス(LNG)の輸入額が増えていますから、仕方がない部分もあります。しかしその一方で、電力会社の従業員の待遇が過剰に優遇されていることも指摘されてきました。

 電力会社は、いわば独占企業です。なぜ独占が認められているか、ご存じでしょうか? それは、供給責任があるということもありますが、経済学的には「独占させた方が安くエネルギーを供給できるから」なのです。複数の企業が少しずつエネルギー供給をするよりも、一つの企業が独占してエネルギーを供給した方が、コストが安い上に安定的にエネルギーを供給することができるのです。「規模の利益」があるということです。

 つまり、消費者の負担が減らせるからこそ、独占が認められているのです。しかし、一番分かりやすい東京電力を例にとりますと、彼らは本来、消費者のために独占が認められてきたにもかからわらず、それを既得権益ととらえ、自社の従業員の待遇を良くするために利用しています。長い間、既得権益を守り続けた結果、それが消費者のためではなく自社のためのものにすり替わってしまったのです。

 それが企業体質にしみこんでいることは、原発問題への対応を見ても明らかです。余談ですが、東電は財務的にも政府の援助なしには立ちいかない状態で、ゆがんだ企業体質を考えても、一旦破たん処理をしたほうが良いと私は考えています。

 独占企業はほおっておくと過剰な利益を得られやすい仕組みになっています。「利益を出すな」とまでは言いませんが、独占によって得た過剰な利益を従業員と株主で分配するのは間違っています。まずは消費者に還元すべきではないでしょうか。独占企業の在り方も、今一度見直しが必要だと思います。

 安倍政権は成長戦略第二弾で、そういうところにメスを入れられるのでしょうか。電力会社だけではなく、農家も同様です。農家を過剰に守るために、国民はどれだけのお金の負担をしているでしょうか。高い米代が下がるだけでも国民生活にその分、ゆとりができます。このように既得権益を得ている分野の規制を緩和することができれば、かなりのお金が家計や企業で浮いてくるはずです。

 増税より先にやるべきところはたくさんあるのです。しかし実際にはやりません。なぜかというと、自民党は各業界団体の代表者が多く集まっているからです。言い換えれば、既得権益を持っている人たちの代表者です。自分たちの支持母体にメスを入れるようなことはできなかったのです。

 それを、今回の成長戦略第二弾で打破しようとするのか、しないのか。日本経済、ひいてはこの国の将来のために、是非とも既得権益を打破し、大胆な規制緩和に踏み切ることを強く期待します。(つづく)



Kingo Sasa【笹  謹吾】شكرا 🌻



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